動き始めた映画のダウンロードサービス

以前から噂されてはいたが、Amazonが8月から映画やテレビ番組のダウンロードサービスを始めるらしい。
http://adage.com/digital/article?article_id=110687

1月29日のエントリーでもこの話はとりあげたが、やはり実現する方向に向かっているようだ。サービスの詳細はまだわからないが、おそらくは既にサービスを展開しているMovieLink、CinemaNowと同等のものになるだろう。

この先行2社の最近の動きといえば、DVDへのDownload to burnのサービス。CinemaNowは既にサービスを開始していて、トップページで大々的にプロモートしている。
http://cinemanow.com

MovieLinkの方はまだサービスは始まっていない。

またDVDへのDownload to burnのサービスは、WalMartやTargetなどのリテールにおいてもキオスクでサービスを提供する準備を進めていると報じられている。リテールのシェルフスペースには限りがあるが、ダウンロードならあらゆるタイトルを売ることが可能になるわけだ。

一方でテレビ番組のダウンロード販売で先行するアップルも、映画のダウンロードサービス開始に向けて、ハリウッドと交渉に入っていることは6月22日のエントリーでも触れた通り。8月に新しいサービスとiPodの発表があるのではないかとも噂されている。

DVDレンタルのサービスで成長中のNetflixも、具体的な計画は公表していないが、準備を進めていることは認めている。

にわかに賑やかになってきたダウンロードサービスだが、果たして誰が勝者となるのか、勝手な予想を立ててみることにする。

Movielink / CinemaNow
まずはMovielink。これはもともとはハリウッドのスタジオが出資して作ったサービス。最近では身売り先を探していると報じられているが、買い手が見つかりそうな気配はない。それもそのはず、全く成功する見込みがないからだ。
ハリウッドとしては、ブロードバンド化によるコンテンツ流通形態の変化に対応するにあたって、音楽の二の舞になることだけは避けたかった。儲かるかどうかは問題ではなく、とりあえず合法ダウンロードサービスを提供しているという既成事実だけが必要だったのだろう。その証拠に、スタジオ自身が出資しているにもかかわらず、サービスで提供されているタイトル数と値段を見ても、既存のウインドウシステムに全く逆らわない、すなわちDVDの売り上げ、プレミアムケーブルへの売り上げなどに影響を及ぼさない範囲でしかできていない。
身売りの動きが出始めたのは、スタジオがこれ以上赤字を垂れ流しながらサービスを持ち続ける理由がなくなってきたからだろう。彼ら自身がサービスを提供しなくても、他社が一生懸命参入しようとしてくれているからだ。

既存のウインドウシステムの縛りから解放されていないのはCinemaNowも同様。やっと開始に漕ぎ着けたDownload to burnのサービスも、タイトル・値段ともにまったく魅力がない。

サービスに魅力がないから、客が集まらない。客が集まらないからWalMartのようなハリウッドに対する影響力もなければ、NetflixAmazonのような強力なRecommendation Engineを構築することもできない。この2つのサービスにはまったく勝ちのシナリオが見えないのだ。

予想:3年以内にサービスはなくなる

アップル
スティーブ・ジョブスがハリウッドと交渉しているという話が本当なのであれば、映画のダウンロードサービスも遅かれ早かれ開始することは間違いないのだろう。Amazonのサービスはディズニーとの交渉が全く進んでいないといわれているが、これはディズニーの取締役会にスティーブ・ジョブスがいることと無関係ではないだろう。
アップルの切り札は二つ。圧倒的なシェアを持つiTMS+iPodによるブランドと、ディズニーへの影響力である。ハリウッドのメジャースタジオの中で、おそらく一番新しい流通形態にオープンなスタンスを取っているのがディズニーであることは、これまでにも触れてきた通り。他のスタジオの賛同が得られなくても、ディズニーのコンテンツに限っては既存のウインドウシステムの枠を超えたサービスが始まっても不思議ではない。
しかし、これが音楽におけるiTMSのような成功を収めることができるかというと、そうは思えない。理由はこれまでにも何回か書いてきたとおり、音楽と映画とではコンテンツの形態と楽しみ方が全く違うからだ。

消費者が既に当たり前のようにやっている映画の消費行動、すなわちDVDを買ってきてリビングのプレーヤーで観る、という行為そのものにはなんの不自由もない。しかも買ってきたDVDはいまや1000万台以上普及しているポータブルのDVDプレーヤーや、ノートパソコン、車載DVDプレーヤーなどでも簡単に再生できる。

音楽のときは、iPodにCD何百枚分もの音楽を詰め込んで持ち出すことができるという、誰もが望む新しいSolutionを提供することができた。iTMSによって、アルバムを買わなくても好きな曲だけ1曲単位で買えるというSolutionも提供できた。果たしてアップルは映画のサービスでどんな新しいSolutionを提供できるのか?残念ながら音楽のときほどインパクトのあるSolutionは考えられない。

予想:サービスは開始されるが、ニッチの域を出ない。

Amazon
彼らが他のダウンロードサービスと一線を画すのは、Amazon自身が非常に大きなDVDの売り手であるということである。ハリウッドへの影響力という点では40%ものシェアを持つWalMartには遥かに及ばないものの、DVDの販売と絡めたサービス展開が可能である。報じられている例としては、DVDを買った客が同時にダウンロードもできる。ダウンロードした映画はポータブルデバイスなどにも転送できるというもの。このやり方であれば、ハリウッド側はDVDの売り上げに貢献してくれるので歓迎だし、AmazonとしてもWalMartなどの店売りDVDとの差別化になる。
これに加えて、なんといっても彼らの最大の武器はRecommendation Engine。長年にわたるDVD販売の実績と、顧客の購買動向を把握したデータベースはアップルにはないもの。ダウンロード販売の利点として、在庫切れがない、あるいはDVD化されていないタイトルの販売も可能という点が挙げられるが、これこそこのAmazonのRecommendation Engineが活躍するところかもしれない。マイナーなロングテールの尻尾の方のタイトルはダウンロード販売にもっとも適しているが、尻尾のタイトルに辿り着くには真ん中、あるいは頭の方のタイトルの好みを把握したエンジンがあってこそ。

予想:アップルよりも利用者を集めるものの、DVDのパッケージ売りを助ける程度の規模にとどまる。

WalMart(とその他のリテールキオスク)

DVDの流通の40%をおさえるWalMartは、ハリウッドへの影響力という点においては現在右に出るものはいない。WalMartは他社のインターネットを使ったダウンロードのサービスに対して公然と不快感を表明しているが、これはハリウッドに対する脅し以外のなにものでもない。首根っこを押さえられているスタジオ側は、他のダウンロードサービスに対して値段やウインドウその他の条件においてWalMartに不利になるようなオファーができないから、ダウンロード販売の対象にできる旧作の値段にしても、WalMartに卸すDVDの値段と同じ値付けしかできない。WalMartは他のダウンロードサービスと違って、実店舗を持ってあらゆるものを売っているという最大の武器があるために、DVDのマージンを削っても客寄せとして安く販売できる。だから他のダウンロードサービスはWalMartに値段で勝てないのである。
彼らのDVDビジネスの限界はシェルフスペースである。がんばっても数千タイトルくらいしか置けない上に、シェルフの商品には在庫のリスクが伴う。DVDの売り上げの伸びに陰りが出てきたことに伴って、スタジオ側も返品のルールを厳しくしたり、出荷数を抑えたりしはじめているので、これまでのように大量に仕入れて余ったら返すといったことが難しくなってきている。
そこでキオスクというわけだ。理論的には理にかなっているのだが、彼らの弱点は個々の客の嗜好を把握したデータベースがないこと。ダウンロード販売に適しているロングテールの尻尾のコンテンツを売りたくても、データベースがないのでAmazonNetflixのようなRecommendationが出来ない。全く好みがわからない客相手にキオスクがどこまで頑張れるか。

予想:キオスク販売は限定的なものにとどまる。

Netflix

競合の上ではAmazonと同じような立場にあるのがNetflix。ネット企業ながら郵便でのDVDレンタルという、パッケージのDVDを主軸としたビジネスを持っている点、顧客の嗜好を把握した強力なRecommendation Engineの存在という点において共通点は多い。Amazonと違うのは、ダウンロードビジネス参入を急いでいないことだろう。Netflixとしては、DVDレンタルのビジネスが脅かされそうになったらいつでも参入できるように、準備はしておこうということなのかもしれない。
しかしNetflixには一つだけ他社とは違う側面がある。それは自らがインディー系の映画のディストリビューターになろうとしていることである。これら尻尾のコンテンツはNetflixが他社に比べて強いところで、ここが充実してくると将来ダウンロードが流行りだしたときにアドバンテージとなる。

予想:必要に迫られるまではダウンロードサービスは開始しないが、開始すればダウンロードサービスにおいてはNo.1になる。(これが何年後になるのかは?)

果たして予想が当たるかどうか。引き続き動きがあれば取り上げていきたい。

USDTVが破産

USDTVが米国連邦破産法7条の適用を申請し、会社の清算に入った。
USDTV Files for Chapter 7
http://www.broadcastingcable.com/article/CA6351629.html

USDTVというのは、ケーブルや衛星放送に対抗して、チャンネル数は限られるが安価なペイTVのサービスを提供していた会社。2004年以来4つのマーケットでサービスを展開。ローカルの放送局から地上波デジタルのスペクトラムを一部借り上げ、ここにESPN、Fox Newsなどの人気のケーブルチャンネルをのせて月額$20でオファーしていた。

2004年当初は3年間で500万加入世帯を目指すとしていたのだが、現在までの加入世帯はわずか1万6千世帯にとどまり、破産することとなってしまった。

個人的にはとても残念。現在私はComcastのDigital+HD+DVRに加入しているのだが、これが毎月$70以上。なのに実際に見ているチャンネルはネットワーク系を除けば5チャンネルくらいしかない。ESPN、HGTV、Disney Channelなどだが、これら人気のケーブルチャンネルはUSDTVでカバーされていたから、仮にここシリコンバレーでサービスがオファーされていればきっと乗り換えていただろう。

USDTVが破綻した主な原因はおそらくマーケットを広げることができなかったことで、これはローカルの放送局側が乗り気でなかったことが原因のようだが、そもそもUSDTVはターゲットとする顧客層を間違っていたように思う。

1万6千世帯の現加入者のうち55%がケーブルにも衛星にも加入していなかった世帯であったという。セットトップボックスを売っていたのもWalMartで、明らかに低所得者層をターゲットにしていたわけだが、もともとアメリカの9割方の世帯が既になんらかのペイTVに加入しているという状況で、残りの1割ほどの世帯をメインのターゲットにしていたのではあまりにもマーケットが狭すぎる。USDTVがターゲットにすべきだったのは、低所得者層ではなく、逆に高所得者層なのではなかっただろうか?

高所得者層とは言っても、毎月$50-$100くらいケーブルや衛星放送に払っていながら、そのほとんどのチャンネルを見ていないのに高い金を払わされ続けていることに不満を持っている層は確実にある。USDTVのチャンネルラインアップは、ほとんどの人気ケーブルチャンネルをカバーしていた。HBOやShowtimeなどのプレミアム映画チャンネルはないが、Netflixに加入しているような家庭ではいらないはず。Netflixのメインストリームの顧客層の年収も7万5千ドルレベルの高所得者層に入る。この層をターゲットにHDのDVRを持って来てサービスをオファーしていれば、もう少し違う結果が出せたのではないだろうか。

地上波デジタルそのものも、あまり普及の兆しを見せていない。デジタル化により放送局には複数のチャンネルが割り当てられるようになったが、それらもケーブルから顧客を奪うことができるほどの魅力的なチャンネルにはなっていない。これに関してはFCCのマストキャリールールが、追加されたチャンネルまで含まれるようにルール改正されるかどうかがひとつのカギになるのだが、これについてはまた別の機会に書こうと思う。

未だに寛大なCostcoの返品ポリシー

昨年の12月17日のエントリー(返品天国アメリカにも変化の兆し)で、アメリカの小売店の返品ポリシーが、だんだん厳しくなってきているという話を書いたのだが、CNETでこんな記事を見つけた。

Is Costco's HDTV return policy ripe for abuse?
http://reviews.cnet.com/4520-6449_7-6548193-1.html

最近のHDTVの技術進化は速く、それに伴って値下がりのペースも速い。買った1年後には数十パーセント値下がりしてるか、あるいは同じ値段で1ランクかもっと上のサイズが買えたりする。この傾向はパソコン業界ではあたりまえの話だったのだが、近年の家電のデジタル化に伴い、テレビをはじめ、家電商品でも同様の傾向が見られる商品群が多くなってきた。

そんな中で未だに旧来の寛大な返品ポリシーを変えていないのがCostcoである。さすがにパソコンに関してはメーカーからの反発もあって、2002年に返品可能期限を6ヶ月にしたのだが、その他の商品については、100%満足しなかったという理由でいつまででも返品できることになっている。このポリシーを悪用してしまえば、一度Costcoでテレビを買って、それを毎年返品しながら同じ値段でもっと大きいサイズのいいテレビに買い換えるといったことができてしまう。

Costcoの店員のメッセージボードにはこんな書き込みがある。
Return policy at Costco....Abused
http://www.retailworker.com/node/10419

月曜日におむつの箱を買っていって、金曜日には1枚しか残っていないのに返品しにくる客。スーパーボウルの前日の土曜日に大画面テレビを買って行って、翌月曜日に返品しにくる客。。

こちらは実際にこのポリシーを活用している人の経験談
http://jaffo.blogspot.com/2005/08/costco-is-freakin-sweet.html

この人の例では5年前に買った$50のMail-in-rebate(割戻し)付きのコンピューターモニターを返品したところ、買値そのまま返金された(つまり割戻し分の$50は儲かった)という話もある。

2005年度のCostcoの総売上は約$57billion。このうちパソコン含むCE機器の売り上げは$3billion程度と、総売上比で言えば全体の5%くらいにしかならないが、2004年から2005年のCE機器売り上げの成長率は+29.3%(TWICE調べ)と、トップ10CEリテーラーの中では一番の成長率である。

利益率を見てみると、他のマスマーチャント系のリテーラーの利益率がWalMartが5.93%、Targetが8.21%に対してCostcoは2.79%。CE専門のBest Buyの5.51%と比べてもはるかに見劣りがする。

このままCostcoが返品ポリシーを変えずにいれば、CE機器の売り上げはさらに伸びるのかもしれないが、同時に利益率をさらに落とすリスクも負っている。もちろん返品のコストはCostcoだけが負担しているわけではなく、メーカーも一部を負担している場合もあるだろうが、これではメーカーにとってもCostcoは儲かりにくいアウトレットとなるわけで、これが続くようであればメーカーも黙ってはいないだろう。

一部の返品ポリシーを悪用する客を容認し続けるのは、結局まわりまわって他の客、Costcoの株主、Costcoへ商品を卸すメーカーにとっても不利益になるだけだ。もしCostco経営陣が、返品ポリシーの寛大さが他のリテーラーとの差別化になっていると考えているのだとしたら、これはとんでもない勘違いである。

スティーブ・ジョブス vs ハリウッド

Variety誌の面白い記事から。

Steve Jobs: Friend or foe?
Film exex want to tap into Jobs' savvy but worry about his growing clout

http://www.variety.com/article/VR1117945470?categoryid=13&cs=1&nid=2570

記事によると、どうやらアップルはハリウッドのスタジオと、iTunes Music Store向けに映画を一律$9.99でダウンロードできるようにしてほしいという交渉をしている模様。これはiPodに転送して見るためのものではなく、おそらくリビングでテレビにつなげて見るためのものだろう。これまでアップルのリビングへの進出は噂がされながら、目新しい発表はなかった。唯一あったのはマック上の10ft.UIであるFront Rowだけである。

1月19日のエントリーで、アップルのリビング進出への可能性を考えたが、これが実現するのかどうかはこのダウンロード販売の交渉がうまくいくかどうかにかかっているだろう。しかし、個人的にはこの交渉が音楽の時のようにうまくいくとは思えない。

5月9日のエントリーでも触れたが、iTMSが始まった当時、お気に入りの曲を手に入れようと思ったら、違法ダウンロードが一番手っ取り早い手段だった。1曲だけ買いたいと思ってもシングルCDなどほとんどなく、アルバムCDを買うしか手段を与えられていなかった消費者に対して、レーベル側には合法的な手段を提供しなければならないというプレッシャーが大きかったのが当時の状況である。しかし映画に関してはまったく状況が違う。もちろん違法ダウンロードによって手に入れることもできるが、映画は1本そのものがコンテンツだから、音楽CDのアルバムのような冗長さがなく、何よりもDVDで比較的安価に手に入れることができるのである。ダウンロードによる合法手段を提供しなければいけない理由がないのだ。

もちろん、WalMartはじめ店頭で手に入れることのできるDVDのタイトル数は限られているから、ダウンロードによって手に入れにくいものを提供するというのもなくはないが、Netflixを使えば55,000タイトル揃っているし、何より人気を集めるのは新作のタイトルである。現在新作を$20近い値段で売って儲けているスタジオが、新作を$9.99でダウンロード提供する理由がない。

もうひとつ疑問なのは、仮にスタジオが値段に合意したとしても、アップルは果たしてリビングにおけるどんな問題を解決することで進出をはかるのか?iPod+iTMSの時は、iTMSで購入した曲をシームレスにiPodに転送して持ち出すという、これまでのどの携帯音楽プレーヤーが提供していたのよりも簡単な方法を提供することで成功したが、果たしてどんな隠し玉を持ってくるのか?

ただでさえケーブルや衛星のセットトップボックス、DVDプレーヤーなど複数の機器がテレビの複数の入力端子に繋がっている中に入っていって、それらが提供できない強力な何かを提供できるのか?しかもセットトップボックスは月額$5-$10でリースが可能、DVDプレーヤーは既に$100以下が当たり前のところに、おそらく$1,000近くはするであろうマックを置かせることができるのか?

音楽の次はビデオで、というのは技術の観点からは自然な進化に思える。だがユーザーのコンテンツとしての楽しみ方は全く違う。もちろんスティーブ・ジョブスのことだから、そんなことは百も承知だろうし、だからこそ彼が繰り出すであろう秘策は個人的に非常に楽しみでもある。

衛星放送業者のブロードバンド戦略

先週DirecTVとEchoStarの衛星放送業者2社が、衛星を使ったブロードバンドサービスを提供するWildBlueのサービスを再販することで合意したと発表した。

DirecTV, EchoStar to offer WildBlue high-speed Internet
http://biz.yahoo.com/bizj/060609/1300569.html

ケーブルや電話会社がトリプルプレー、あるいはクアドルプルプレーのバンドルで攻勢をかけてきているのに対し、家庭への双方向のパイプを持たない衛星放送業者は自前でこれらをオファーすることができなかったため、これまでは電話会社と提携することで、ブロードバンドと電話のサービスは電話会社のものをバンドするすることで対抗してきた。しかし、最近は電話会社側も自前でIPTVサービスを提供するようになり、ケーブルも最大手のComcastVoIPの積極的なプロモーションを始めてバンドルサービスへの加入者を伸ばしつつあることもあり、衛星放送への加入者の伸びは鈍化してきている。

2月23日のエントリーで触れたとおり、DirecTVとEchoStarは少し前から自前のブロードバンドサービスを持つべく、WiMaxのオプションを模索していたようだが、今回発表されたのはWiMaxではなく衛星を使ったもの。

この衛星を使ったWildBlueのサービスの利点は、新たなインフラ投資をすることなく全米にブロードバンドサービスを提供できることにあるが、スピードの割にはコストが高く、これまではケーブルやDSLのオプションがない僻地でのニッチなサービスに留まっていた。

もともとはライバル関係にあるDirecTVとEchoStarが今回歩調を揃えてきたことの背景には、共通の敵であるケーブルへの対抗だけでなく、両社で協力してなるべく多くの顧客をこのサービスに誘導することでコストを下げたいという思惑があったのだろう。

WildBlue側も、DirecTV、EchoStar両社と提携することは以前から視野に入れていたようで、WildBlueの衛星そのものはちょうどDirecTVとEchoStarの衛星の中間に位置している。これは共通のアンテナを使ったサービスを提供できるようにすることを最初から狙ってのもので、今回の再販契約で、今後両社は共通のアンテナでサービスを受信できるようなアンテナの開発も進めるようだ。

しかし、一時期はWiMaxも検討しながら、結局投資が少なくてすむ衛星ブロードバンドのオプションを選んだ今回の発表は、中長期で考えたときに、衛星放送業者がケーブルや電話会社に対してインフラでは劣り続けてしまう現実を露呈している。ケーブル業界は過去10年余りで$90 billionものインフラ投資を行って双方向のデジタルパイプを作り上げたし、電話業者のAT&TやVerizonも莫大な金額を投資して現在光ファイバー網の敷設を進めている。

電話会社のIPTVサービスが入った地域では、ケーブル料金が軒並み値下がりしている。これまでは毎年ビデオサービスを値上げしてきたケーブルだが、今後IPTV展開が進むにつれて、ビデオサービスが値下げの方向に向かうこともありえる。そうなったときにケーブルよりも安い値段で顧客を奪ってきた衛星放送はますますつらい立場に追い込まれることになる。

もはやDVRもHDもサービスの差別化にはつながらなくなった。マードックのことだからそう簡単には引き下がらないであろうが、今後衛星放送がどのような形で生き残りを図るのか、次の一手に注目していきたい。

「シナジー効果」を諦めたTime Warner

前回のエントリーを書いた翌日(6月2日)のWall Street Journalの1面にタイムリーな記事が出た。

After Years of Pushing Synergy, Time Warner inc. Says Enough

巨大なメディア会社誕生の始まりは1990年のTime Inc.によるWarner Communicationsの買収。当時出版だけでなく、プレミアムケーブルチャンネルのHBO、それに配信のプラットフォームであるケーブル会社も所有していたTime Inc.が、ケーブル事業にビデオ配信の未来を見出して、Warner Communicationsの持つコンテンツとシナジーを発揮することを期待してのものだった。さらにこの後2001年のAOLによるTime Warnerの買収も、基本的なアイデアは同じで、インターネットを加えてさらにグループ内のシナジー効果が発揮されるものとされていた。

しかしその後の経過はAOLの名前が会社名から外されたことに象徴される通り、ほとんどシナジー効果は発揮できなかった。HBOとWarnerの関係に至っても、一方がHBOはWarnerの映画を市場価格よりも低い値段でライセンスするよう要求したと言えば、もう一方はWarnerはHBOに映画を高すぎる値段で売りつけようとしていると文句を言うなど、シナジー効果を発揮するどころか対立するほどになってしまうこともあったようだ。

結局現在のTime Warnerはグループ会社同士でシナジーを発揮するよう努力することをやめた。それならば分割してしまえばいいというのが、投資家Carl Icahnがかねてから要求していたことなのだが、規模が大きいからこそ安定した経営ができる、というのが現CEO Dick Parsonsの言い分らしい。

外部から観察していると、せっかくメジャーなコンテンツと配信プラットフォームを持っているのだから、もっと協力してシナジーを発揮できれば、他社にはできない強力なビジネスモデルを構築できるのではないかと短絡的に考えてしまいがちだが、よくよく考えてみると、各部門が独立してビジネスを運営する一方で、形としては同じグループ会社に留まるという今のTime Warnerの状態がそう悪いものでもないかもしれないと思えてくる。

各部門が独立してビジネスを運営するというのは、グループ内の他部門の力を借りずとも市場で競争力のあるビジネスを運営するということ。オープンな市場で生き残れるだけの力がないのであれば、他の部門と協力したところでその他部門の足を引っ張ることになるだけだ。WSJの記事では、AOLがTime Warnerの出版部門の持つSports Illustrated誌とスポーツコンテンツで協力することを拒んだという例を挙げていたが、AOLにしてみればSI誌のコンテンツよりもよりいいものが市場にあるのだから、これはSI誌のコンテンツが市場で競争力がないことが問題なのであって、これをグループ内だからといって無理やり協力させようとするのはビジネス上得策でないのは明らかだ。

Dick Parsonsが言う、規模のもたらす安定した経営というのは、株のポートフォリオを持つようなものだと考えることもできる。ある部門がたまたま不調なことがあっても、他部門の収益でそれがカバーされれば、グループ全体としては収益が安定する。一昔前、多角化経営という名の下に、自社の全く専門外のビジネスに手を出して痛い目にあった会社があったりしたが、それに比べればそれぞれに専門性を持った部門が一つのグループ会社の元にまとまっているTime Warnerのような形態の方がよっぽど望ましい。

とは言っても、もちろん前回のエントリーに書いたような問題を抱えるリスクはあるわけで、どういった形態がベストなのか、まだ自分の中では答えが出せていない。

コンテンツと配信サービスの垂直統合はうまくいくのか?

3月31日のエントリーで、CablevisionのネットワークDVRサービスに関して触れたが、今回はこの件のその後の動きに関する話。

CablevisionのネットワークDVRは、ユーザーの家庭のSTBで実現するDVRと全く同等の機能を、Cablevisionのサーバー側で実現するというもの。当初から予想はされていたのだが、先週ハリウッドのスタジオがCablevisionのサービストライアル開始の差し止めを求めて訴えを起こした。スタジオ側の主張は、ネットワークDVRサービスはVOD同等のサービスであり、ライセンスに違反したコンテンツ再配信に当たるということ。

Cablevision側は応戦する構えで、今後の裁判の行方が注目される。

さて、今回の本題はきのうになって更に2つのケーブルチャンネルが訴訟に加わったという話。

CNN, Cartoon Network sue Cablevision over DVR plan
http://today.reuters.com/business/newsArticle.aspx?type=media&storyID=nN30418056

CNN、Cartoon Networkは人気のケーブルチャンネルであるが、これらはいずれもTime Warnerの傘下。同じくTime Warner傘下にあるTime Warner Cableは、CablevisionのNetwork DVRコンセプトと同様のMystroと呼ばれるプロジェクトを進めていたが、著作権上の問題から導入を見送った経緯がある。CablevisionがNetwork DVRのトライアルをアナウンスした後、Time Warner CableはCablevisionのサービスがうまくいけば、同様のサービスを展開することを示唆していた。

当初Time Warner CableがMystroの導入を見送ったのは、Time Warnerグループ自らがコンテンツホルダーであったことは大きな原因の一つだっただろう。今回のCablevisionの訴訟の件にしても、Time Warner Cable側から見れば不利益となる話で、CNN、Cartoon Networksが他のスタジオにやや遅れて訴訟に加わったのも、配信サービス側への遠慮があったのかもしれない。

昨年の12月25日のエントリーで、Comcastがコンテンツを強化しようとしているという話を書いた。配信サービスの側からすれば、コンテンツは外部から買ってこなければならないものだから、それを身内に持つことにアドバンテージがあることは確かだ。しかし今回のNetwork DVRの話のように、ひとたび著作権絡みの話になったとたんに、相反する利害が発生することになってしまう。

この著作権絡みの利害の不一致に苦しんだのがソニー。こちらは配信サービスではないが、レーベルをグループ内に持つことで、制限のきついDRMを携帯音楽プレーヤーに組み込んで悪評を買ってしまった結果アップルの後塵を拝してしまったことは記憶に新しい。ソニー同様松下も1990年にハリウッドスタジオの一角であるMCA(後のUniversal Studios)を買収したが、結局ほとんどシナジー効果を発揮できないまま、今年の2月にわずかに残っていたUniversal Studiosとの資本関係も断ち切ることになった。

話を配信サービスに戻すと、現在アメリカで大きなシェアを持つ配信サービスは軒並みコンテンツも所有している。代表的なところではComcastTime Warner Cable、それにDirecTV(親会社のNews Corp傘下にFOXがある)。しかし、現在のところこれらの配信サービスが、それぞれが持つコンテンツとの間で目立ったシナジーを発揮している様子は伺えない。

Network DVRで話題のCablevisionも傘下にRainbow Mediaを持つが、彼らが所有するVoom HDチャンネルに至っては、現在親会社のCablevisionではキャリーされておらず、配信サービスにおいてはライバルに当たるEchoStarでのみ配信されている。

ビデオ配信ビジネスが、ブロードバンド化の過渡期にあって様々なビジネス形態を模索する中で、これらの配信サービス会社が本当にコンテンツとのシナジーを発揮できるようになるのか?今後の動きに注目していきたい。