ジョブスマジックもこれまでか?

先週アップルがiTunesでの映画のダウンロードサービスと、新型iPodを発表した。
この発表そのものは、あまりにも以前から噂されていた通りのままで、実に面白みのないものであった。個人的には6月22日のエントリーで書いた通り、スティーブ・ジョブスなら何か驚くようなことをやってくれるのではないかとちょっとだけ期待していたのだが、やはりさすがのジョブスをもってしても、映画のダウンロードに関してはこれが精一杯だったのだろう。アップルの発表形態としては異例とも言える将来のデバイスの話、すなわちiTVについてジョブスが最後に触れたが、おそらくこれがなければあまりにもつまらない発表でしかなく、苦し紛れに将来のデバイスの話をせざるをえなかったのではないだろうか。

アップルのビジネスモデルを考えたとき、少なくとも音楽に関してはiTunes Music Storeは利益の源泉ではなく、これを使うiPodというデバイスの方が利益の源泉であった。ビデオに関しても同様のモデルなのだとしたら(Disneyからの卸値がいくらなのかはわからないが、値段を見る限りそのように見受けられる)、今回発表した映画のダウンロードのサービスによって、アップルはより多くのデバイスを売らなければならない。果たしてこのiTVがその答えなのであろうか?

このiTVと呼ばれるデバイス、マックからテレビに映像を飛ばすためのものだが、コンセプトそのものはマイクロソフトのMCX(Media Center eXtender)である。で、このMCXの方はアメリカではもう数年前から売られているのであるが、ほとんど売れている気配はない。MovielinkやCinemaNowなど、既存の映画のダウンロードサービスを使ってMCE PCにダウンロードしたものは、MCXでテレビにつないで見ることができるので、Solutionとしては今回のアップルの発表は全くの後追い。提供される映画も、今のところDisneyのものに限られているから、サービスの観点からも見劣りがするわけで、このiTVが売れるという理由が、アップルブランドであるという以外に見当たらない。

Video iPodはどうか?4月3日のエントリーでも触れたが、ダウンロードされたビデオの大半は、iPod上ではなくコンピューター上で見られているという。今回の映画の発表以前にアップルはテレビ番組のダウンロードサービスをしばらく提供してきたわけだが、iPodという携帯型デバイスで鑑賞するというスタイルを考えると、むしろ2時間の映画よりも30分や1時間のテレビ番組の方が適しているはずだ。であれば、映画のサービスを開始したところで、それが起爆剤となってVideo iPodがもっと売れるようになるのかというと、これも甚だ疑問である。

考えられるとすれば、まだ何か隠し玉のデバイスがあるのか、あるいはダウンロード販売そのもので儲けようとしているのか、どちらか。しかし後者は考えにくい。

こちらの記事
iTunes StoreでのDisney映画販売、1週間で100万ドルに
http://www.itmedia.co.jp/news/articles/0609/20/news041.html
にはちょっと驚いた。1週間足らずで12万5千ダウンロードというのは相当な数であることは間違いない。しかし実際に売られている映画の値段を見れば納得できるものはある。例えば現在No.1にランクされている「Pirates of the Caribbean: The Curse of the Black Pearl」。現在この続編である「Dead Man's Chest」が劇場公開されて11週間経つが、未だに全米1000スクリーン以上で上映され、既に$400 million以上の興行収入を上げている化け物映画となっている。この数字は歴代の劇場公開映画の興行収入ランキングで既に6位に入るほどのヒットで、話題性という点においてはこれ以上のものはない。その映画のオリジナルバージョンであるという追い風に加えて、このダウンロードの値段が$9.99。現在WalMartではこのDVDは$13.11、CinemaNowでは$14.95という値段がついているから、どこよりも安く手に入るということになる。他のランク入りしている映画の値段を見ても、軒並みWalMartでのDVDの値段よりも安くなっている。

もしアップルがダウンロード販売そのもので儲けようとしているのであれば、ディズニーからよほど安い卸値でタイトルを買っていることになる。そして、おそらくこれがディズニー以外のスタジオのサポートを得ることができていない最大の理由でもあるだろう。スタジオにとってみれば、DVDよりも安い卸値で売ったタイトルが、市場でDVDよりも安く売られ、結果としてDVDで得ることができるはずだった儲けを逸することになるのであれば、売る理由がないのだ。

上出記事中でディズニーCEOのRobert Igerが、これらダウンロード販売はDVDの販売に影響していないと言っているが、果たしてその根拠はどこにあるのだろうか?いくらスティーブ・ジョブスがディズニーの取締役に名を連ねているとはいえ、この話はディズニーにとってもプラスとなる話でなければいけないわけだから、Robert Igerは株主やアナリストに対してそう言わざるを得ないのは理解できる。しかし、今回iTunesからディズニーの映画をダウンロードした人たちのうち、iTunesで売ってなかったらDVDを買っていたであろう人は皆無であると、どうして言い切れるのか?

この話どう考えても、アップル・ディズニーそれぞれにとっての勝ちのシナリオが見えてこない。