動き始めた映画のダウンロードサービス

以前から噂されてはいたが、Amazonが8月から映画やテレビ番組のダウンロードサービスを始めるらしい。
http://adage.com/digital/article?article_id=110687

1月29日のエントリーでもこの話はとりあげたが、やはり実現する方向に向かっているようだ。サービスの詳細はまだわからないが、おそらくは既にサービスを展開しているMovieLink、CinemaNowと同等のものになるだろう。

この先行2社の最近の動きといえば、DVDへのDownload to burnのサービス。CinemaNowは既にサービスを開始していて、トップページで大々的にプロモートしている。
http://cinemanow.com

MovieLinkの方はまだサービスは始まっていない。

またDVDへのDownload to burnのサービスは、WalMartやTargetなどのリテールにおいてもキオスクでサービスを提供する準備を進めていると報じられている。リテールのシェルフスペースには限りがあるが、ダウンロードならあらゆるタイトルを売ることが可能になるわけだ。

一方でテレビ番組のダウンロード販売で先行するアップルも、映画のダウンロードサービス開始に向けて、ハリウッドと交渉に入っていることは6月22日のエントリーでも触れた通り。8月に新しいサービスとiPodの発表があるのではないかとも噂されている。

DVDレンタルのサービスで成長中のNetflixも、具体的な計画は公表していないが、準備を進めていることは認めている。

にわかに賑やかになってきたダウンロードサービスだが、果たして誰が勝者となるのか、勝手な予想を立ててみることにする。

Movielink / CinemaNow
まずはMovielink。これはもともとはハリウッドのスタジオが出資して作ったサービス。最近では身売り先を探していると報じられているが、買い手が見つかりそうな気配はない。それもそのはず、全く成功する見込みがないからだ。
ハリウッドとしては、ブロードバンド化によるコンテンツ流通形態の変化に対応するにあたって、音楽の二の舞になることだけは避けたかった。儲かるかどうかは問題ではなく、とりあえず合法ダウンロードサービスを提供しているという既成事実だけが必要だったのだろう。その証拠に、スタジオ自身が出資しているにもかかわらず、サービスで提供されているタイトル数と値段を見ても、既存のウインドウシステムに全く逆らわない、すなわちDVDの売り上げ、プレミアムケーブルへの売り上げなどに影響を及ぼさない範囲でしかできていない。
身売りの動きが出始めたのは、スタジオがこれ以上赤字を垂れ流しながらサービスを持ち続ける理由がなくなってきたからだろう。彼ら自身がサービスを提供しなくても、他社が一生懸命参入しようとしてくれているからだ。

既存のウインドウシステムの縛りから解放されていないのはCinemaNowも同様。やっと開始に漕ぎ着けたDownload to burnのサービスも、タイトル・値段ともにまったく魅力がない。

サービスに魅力がないから、客が集まらない。客が集まらないからWalMartのようなハリウッドに対する影響力もなければ、NetflixAmazonのような強力なRecommendation Engineを構築することもできない。この2つのサービスにはまったく勝ちのシナリオが見えないのだ。

予想:3年以内にサービスはなくなる

アップル
スティーブ・ジョブスがハリウッドと交渉しているという話が本当なのであれば、映画のダウンロードサービスも遅かれ早かれ開始することは間違いないのだろう。Amazonのサービスはディズニーとの交渉が全く進んでいないといわれているが、これはディズニーの取締役会にスティーブ・ジョブスがいることと無関係ではないだろう。
アップルの切り札は二つ。圧倒的なシェアを持つiTMS+iPodによるブランドと、ディズニーへの影響力である。ハリウッドのメジャースタジオの中で、おそらく一番新しい流通形態にオープンなスタンスを取っているのがディズニーであることは、これまでにも触れてきた通り。他のスタジオの賛同が得られなくても、ディズニーのコンテンツに限っては既存のウインドウシステムの枠を超えたサービスが始まっても不思議ではない。
しかし、これが音楽におけるiTMSのような成功を収めることができるかというと、そうは思えない。理由はこれまでにも何回か書いてきたとおり、音楽と映画とではコンテンツの形態と楽しみ方が全く違うからだ。

消費者が既に当たり前のようにやっている映画の消費行動、すなわちDVDを買ってきてリビングのプレーヤーで観る、という行為そのものにはなんの不自由もない。しかも買ってきたDVDはいまや1000万台以上普及しているポータブルのDVDプレーヤーや、ノートパソコン、車載DVDプレーヤーなどでも簡単に再生できる。

音楽のときは、iPodにCD何百枚分もの音楽を詰め込んで持ち出すことができるという、誰もが望む新しいSolutionを提供することができた。iTMSによって、アルバムを買わなくても好きな曲だけ1曲単位で買えるというSolutionも提供できた。果たしてアップルは映画のサービスでどんな新しいSolutionを提供できるのか?残念ながら音楽のときほどインパクトのあるSolutionは考えられない。

予想:サービスは開始されるが、ニッチの域を出ない。

Amazon
彼らが他のダウンロードサービスと一線を画すのは、Amazon自身が非常に大きなDVDの売り手であるということである。ハリウッドへの影響力という点では40%ものシェアを持つWalMartには遥かに及ばないものの、DVDの販売と絡めたサービス展開が可能である。報じられている例としては、DVDを買った客が同時にダウンロードもできる。ダウンロードした映画はポータブルデバイスなどにも転送できるというもの。このやり方であれば、ハリウッド側はDVDの売り上げに貢献してくれるので歓迎だし、AmazonとしてもWalMartなどの店売りDVDとの差別化になる。
これに加えて、なんといっても彼らの最大の武器はRecommendation Engine。長年にわたるDVD販売の実績と、顧客の購買動向を把握したデータベースはアップルにはないもの。ダウンロード販売の利点として、在庫切れがない、あるいはDVD化されていないタイトルの販売も可能という点が挙げられるが、これこそこのAmazonのRecommendation Engineが活躍するところかもしれない。マイナーなロングテールの尻尾の方のタイトルはダウンロード販売にもっとも適しているが、尻尾のタイトルに辿り着くには真ん中、あるいは頭の方のタイトルの好みを把握したエンジンがあってこそ。

予想:アップルよりも利用者を集めるものの、DVDのパッケージ売りを助ける程度の規模にとどまる。

WalMart(とその他のリテールキオスク)

DVDの流通の40%をおさえるWalMartは、ハリウッドへの影響力という点においては現在右に出るものはいない。WalMartは他社のインターネットを使ったダウンロードのサービスに対して公然と不快感を表明しているが、これはハリウッドに対する脅し以外のなにものでもない。首根っこを押さえられているスタジオ側は、他のダウンロードサービスに対して値段やウインドウその他の条件においてWalMartに不利になるようなオファーができないから、ダウンロード販売の対象にできる旧作の値段にしても、WalMartに卸すDVDの値段と同じ値付けしかできない。WalMartは他のダウンロードサービスと違って、実店舗を持ってあらゆるものを売っているという最大の武器があるために、DVDのマージンを削っても客寄せとして安く販売できる。だから他のダウンロードサービスはWalMartに値段で勝てないのである。
彼らのDVDビジネスの限界はシェルフスペースである。がんばっても数千タイトルくらいしか置けない上に、シェルフの商品には在庫のリスクが伴う。DVDの売り上げの伸びに陰りが出てきたことに伴って、スタジオ側も返品のルールを厳しくしたり、出荷数を抑えたりしはじめているので、これまでのように大量に仕入れて余ったら返すといったことが難しくなってきている。
そこでキオスクというわけだ。理論的には理にかなっているのだが、彼らの弱点は個々の客の嗜好を把握したデータベースがないこと。ダウンロード販売に適しているロングテールの尻尾のコンテンツを売りたくても、データベースがないのでAmazonNetflixのようなRecommendationが出来ない。全く好みがわからない客相手にキオスクがどこまで頑張れるか。

予想:キオスク販売は限定的なものにとどまる。

Netflix

競合の上ではAmazonと同じような立場にあるのがNetflix。ネット企業ながら郵便でのDVDレンタルという、パッケージのDVDを主軸としたビジネスを持っている点、顧客の嗜好を把握した強力なRecommendation Engineの存在という点において共通点は多い。Amazonと違うのは、ダウンロードビジネス参入を急いでいないことだろう。Netflixとしては、DVDレンタルのビジネスが脅かされそうになったらいつでも参入できるように、準備はしておこうということなのかもしれない。
しかしNetflixには一つだけ他社とは違う側面がある。それは自らがインディー系の映画のディストリビューターになろうとしていることである。これら尻尾のコンテンツはNetflixが他社に比べて強いところで、ここが充実してくると将来ダウンロードが流行りだしたときにアドバンテージとなる。

予想:必要に迫られるまではダウンロードサービスは開始しないが、開始すればダウンロードサービスにおいてはNo.1になる。(これが何年後になるのかは?)

果たして予想が当たるかどうか。引き続き動きがあれば取り上げていきたい。